第五期 一日目
平成23年2月25日

大洲  最高気温19.6℃  最低気温7.4℃ 晴れ
      
(西大洲〜別格七番霊場)
別格七番霊場 金山 出石寺
                                  きんざん             しゅっせきじ
その2
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その1 その3
金山 出石寺

真言宗御室派

御本尊 千手千眼観世音菩薩

オン バザラ キリク ソワカ
御詠歌

くもりなき
二名の島の
金山に
みのりの光
かがやくを見よ
御朱印 御影 散華

 開創は養老二年(718年)六月十七日です。
宇和郷田中庄に住する猟師作右衛門が、狩りに出て一匹の鹿を見つけました。
そのあとを追って山に登り、まさに鹿を射殺そうとしたところ、突然全山振動して光明赫赫と輝き、
鹿の姿はかき消え、鹿の立っていた足下の岩が真二つに割れ、千手観音菩薩・地蔵菩薩の像が
地中から湧き出して金色の光を放ちました。
 この奇瑞を目撃してから、作右衛門は殺生を業とする生活をやめ仏道に入りました。
自ら道教を名乗りこの仏像を本尊とし、出石寺と命名しました。
 弘法大師巡錫の砌、「三国無双の金山」なりと賛嘆され、後世この仏像が粗末に扱われ
冥罰を蒙ってはならぬと、石室に密閉して秘仏とされ、護摩供を修法されたと言われています


このスマートな白い棒の紅い案内標識を見ると、安心いたします。
遍路道の右側一帯は、椎茸が栽培されてました。
このような道は柔らかくクッションがあって、足首や膝にはとてもよく疲れないで歩くことが出来ます。
このように木が倒れている所もありました。
11時30分 歩きやすいとついついスピードを出してしまいますが、禁物です。
あくまでも私の場合は、60歩/分のペースを守らないと後で足に影響が出てしまいます。
なにやら周りの様子が少し変わってきました。
石が積んである箇所が出てきました。
ということは民家がありそうです。
11時45分車道に出ました。
だいぶ青空が出てきました。
もう菜の花が咲いているんですね。
ちょうど正午に瀬田の集落に着きました。ここで休憩をとりました。
12時5分 車道から遍路道に入りました。
道の先に大きな石がありましたが、どうしてここにあるのか、上から落ちてきたのか、流されてきたのか、今でなくて良かったです。
石が積まれていたので、以前に人が入って生活をしていたか、何か栽培していたのでしょう。
へんろみちの標識が出てきました。
ここにも木が倒れてました。
ここでは倒れていた木が切られてました。 この分かれ道で迷いました。
一休みしてから歩き始めましたが、何か様子がおかしいことに気付きました。
道の先がお墓になってました。先ほどの分かれ道に戻って進むと建物がありました。右に道しるべがありました。
山の中に入って行きました。
へんろみち保存協力会の紅いシールがありましたので、安心して歩けました。
12時40分 歩き始めて4時間は経ちました。お寺さんはまだでしょうか。
突然大きな石が出現してきました。手前に紅いものが貼ってありました。よく見ると同じ方の納め札でした。
心をあらい心をみがくへんろ道 鯖大師 沙門明善  鯖大師の方の遍路札はいたる処で見かけました。
イノシシのお風呂でしょうか、大きなヌタ場がありました。 出石寺と大洲との道でいいのですね。
同行二人 お大師様の 通られた道 鯖大師沙門明善    ここで一休み13時になりました。
道幅が広くなったような気がしました。
13時10分 六丁半の丁石が出てきました。 手が何本もありますので千手観音様でしょうか。 道が分かれてましたが、上に進みました。
新四国に矢印が付いてました。
13時20分 三丁半
第二十八番大日寺は、第二期の最後の日にお参りしましたのを思い出しました。
もうすぐで出石寺に着きます。
第二十九番 国分寺は土佐の國の国分寺ですね。 三丁になりました。
更に遍路道を上りました。
左に紅い一団が際立って見えました。
遍路道の右には、紅い地蔵菩薩の幟が何本も立ってました。
紅い布がお地蔵様に、祠にかけられてました。 祠の前には、願い事が書かれた石がたくさんありました。
京都の車折神社の境内で見かけたことがありました。
出口には、紅いマフラーを被った御大師様が見送っていました。
13時40分ようやく出石寺に辿り着きました。約5時間かかりました。予定よりも1時間40分オーバーで、上りはきつかったです。
境内の右の方には、熊野権現が祀られてました。
熊野権現の脇には、八十二番根香寺の御本尊様が祀られてました。
13時45分 母ヨネ兄治正の遺志により建立の銘がありました。  最後にこの石段を上りました。
別格のシンボルマークが現代的なのには驚きました。四国の地図をあしらった上にそれぞれのお寺さんの位置が印されていました。
山門の入口には鐘が吊り下げていました。
よく詠むと、晩の六時から翌朝の六時までは撞いてはいけないようでしたので心を込めて静かに撞きました。 まだ底浅き小川かな。
「金山」の扁額
梵鐘をあいだに阿吽の二王様
正面にはどっしりとした護摩堂が構えていました。  飛行機雲が出ていました。
護摩堂に近づくと、小さな鐘が下がってました。
藤堂高虎が朝鮮から持ち帰り、寄進したと言われ、国重要文化財に指定されている銅鐘とのことでした。   ↑
護摩堂から本堂・大師堂に向かいました。
石段を上ると、朱塗りの塔がありました。
御手引きの鹿の像がありました。牛の像は何の由来なんでしょうか。  
                出石寺 本堂                  
     當山開創一千二百五十年○○塔      本堂の前に二本の石柱がありました。        本尊湧出一千二百年供養塔
御本尊千手観世音菩薩 残念なことに中は真っ暗でした。
本堂から石段を下りると大師堂がありました。
屋根から落ちてくる雪に気をつけるためでしょう。 母子でお参りに見えてました。
石段を降りるとうどんの暖簾に引きつけられて、きつねうどんを一杯いただきました。旨かったですね。
境内の向かい側に納経所がありましたので、御朱印と御影、散華をいただきました。
14時45分お寺さんを後にして山を下りました。
一願地蔵で先ほどの母子にお会いしました。
「歩いて山を降りるんですか。これから暗くなるので気をつけてください。」
と言葉をかけられました。
母子はお参りが済むと、駐車場の方へ向かって歩いて行きました。
どのような願い事をされたのでしょうか、かなえられるといいですね。

私は母子とは逆に大洲の町へ向かって遍路道を下りました。
その1 その3